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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)60号 判決

第一審原告(第五号被控訴人第六〇号控訴人) 浜田幾子

第一審被告(第五七号控訴人) 佐々木喬

第一審被告(第六〇号被控人) 伊藤淳司

主文

第一審被告佐々木喬の本件控訴(当庁昭和三十二年(ネ)第五七号控訴事件)を棄却する。

原判決中第一審被告伊藤淳司に関する部分を取消す。

第一審伊藤淳司は第一審原告浜田幾子に対し金三十万円及びこれに対する昭和三十年三月十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うベし。

訴訟費用は第一、二審共第一審被告等の負担とする。

本判決中主文第三項に限り第一審原告において金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一審原告(第五七号被控訴人、第六〇号控訴人以下同じ)訴訟代理人は、第六〇号事件につき「原判決中第一審原告の第一審被告伊藤淳司に対する請求を棄却した部分を取消す。第一審被告伊藤淳司は第一審原告浜田幾子に対し金三十万円及びこれに対する昭和三十年三月十四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審共第一審被告伊藤淳司の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を、また第五七号事件につき、控訴棄却の判決を求め、第一審被告伊藤淳司(第六〇号被控訴人)訴訟代理人は、第六〇号事件につき控訴棄却の判決を求め、第一審被告佐々木喬(第五七号控訴人)訴訟代理人は、第五七号事件につき「原判決中第一審被告佐々木の敗訴の部分を取消す。第一審原告の第一審被告佐々木喬に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述は、第一審原告訴訟代理人において「第一審被告伊藤淳司は、第一審原告が土地貸借の仲介を依頼した直接の相手方でなく、その間に委任または準委任関係は存在しないけれども、従前主張の経緯の如く不動産仲介業者たる同被告は、単に同業者である第一審被告佐々木に対して本件貸地を紹介したというに止らず、本件土地の借地権設定契約締結に介在し、第一審原告に対し訴外平野を地主尾関謙一郎なりとして紹介面接せしめ、その契約書に署名捺印し、尾関謙一郎と称する者が右土地の所有者に間違なしと確言したのである。そして免許登録を受けて不動産の仲介業を営む者は、その業務を行うに当り、委託関係の存する直接の依頼者に対してのみならず、その他取引の関係者一般に対しても、信義誠実を旨とし取引に過誤なからしめ不測の損害を及ぼさないよう配慮すべき業務上の注意義務あるものと解すべきところ(宅地建物取引業法第十三条、第十八条等参照)、第一審被告伊藤は、その業務上要請せられる必要な注意義務を怠り軽率にも右に述べたような確言をしたので、仲介者である第一審被告佐々木のいうところと相俟つて、この両者の言に信頼した第一審原告は、尾関と称する者が真実の土地の所有者であると誤信し、権利金名義の下に合計金三十万円を詐取されるに至つたのである。即ち本件損害の発生は従前主張の如く、受任者たる第一審被告佐々木の過失のみならず、第一審被告伊藤が不動産取引業者として一般に負う注意義務を懈怠した結果にも起因するものであつて、第一審被告伊藤は本件取引につき受任者の地位になかつたにしても、一般不法行為上の責は免れない。」と述べ、第一審被告佐々木喬訴訟代理人において「(第一審被告佐々木の過失の有無につき)本件の場合第一審被告佐々木は、物件の元付業者である第一審被告伊藤より地主(実は偽者)は東京都杉並区内の訴外中村方に下宿している中村の親戚である旨の紹介を受け、且つ印鑑証明書身分証明書の提示を受けただけでなく、自称地主は右印鑑証明書に符合する印章を本件土地賃貸借契約書に押印していたので、別段不審を抱くことなく右潜称地主を真の地主であると誤信し、仲介人として第一審原告との間に本件賃貸借契約を締結させたのである。(イ)元来印鑑証明書は、登記所公証役場その他の公務所においてすらこれのみを以て本人の同一性を確認している実状であるし、住民登録のない限り、印鑑届は不能であり、印鑑証明書の発行は住民登録あることを前提としているわけであるから、本件の如く印鑑証明書の偽造が極めて巧妙であつたためこれを真正に作成されたものと信じ、且つかく信ずるに過失があるものと認めうれない以上、更に進んで住民登録票まで調査する義務はない。若し住民登録票まで調査すべしというならば、住民登録票記載事項につき虚偽の届出をなし住民登録をなし得べき事情を考慮に入れるとき、単に住民登録を調査することのみではなお不十分を免れず、更に転出の真偽等の調査を必要とし、その調査義務の範囲は結局止るところを知らないことになる。尤も本件において真実の地主である訴外尾関謙一郎の住所の記載が、登記簿謄本と印鑑証明書とで異つており、また右登記簿謄本の記載によると右尾関が昭和二年中本件土地を取得したことになつているけれども、土地所有者の住所の記載が登記簿と印鑑証明書と異なることや、年少者や土地を取得することは、世上多々あることであるから、本件契約締結当時地主と称する者の年齢が一見四十才位に見えた事実があつたとしても取引の常態として少しも異とするに足らない事項であつて、これがため注意義務を加重せらるべき事由とはならない。(ロ)また不動産仲介業者間では、土地の貸借の仲介については、物件の元付業者は地主側の、お客の元付業者は借主側のそれぞれの信用を調査保証すべき義務を負担し、右各義務は相互に専属的である。従つてお客の元付業者(即ち本件では第一審被告佐々木)が自ら地主の真偽につき調査することは、即ち物件の元付業者(即ち本件では第一審被告伊藤)を信用しない旨の表明となるものであつて、業者間の取引は完全に破壊せられ、延いては業界に一大混乱を招致すること必至である。以上(イ)(ロ)の事情に鑑みるときは、第一審被告佐々木についてなお且つ注意義務懈怠の責を免れないとするのは、不動産仲介業者の取引の実態を正解しない論である。」と述べ、第一審被告伊藤淳司訴訟代理人において「第一審原告が当審で主張する事実中、従前の第一審被告伊藤の主張に反する部分はすべて否認する。」と述べた外は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

証拠として、第一審原告訴訟代理人は、甲第一号証、第二及び第三号証の各一、二、第四号証、第五号証の一、二を提出し、原審証人小岐須乙の、同浜田実、同藤井文子、同平野清の各証言、当審における第一審被告伊藤淳司本人尋問の結果並びに原審及び当審における第一審原告浜田幾子本人尋問の結果を援用し、乙、丙各号証の成立を認め、第一審被告伊藤淳司訴訟代理人は、乙第一ないし第三号証を提出し、原審証人宇田川美代子、同尾関彌一郎、同平野清の各証言並びに原審における第一審被告伊藤淳司本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、第一審被告佐々木喬訴訟代理人は、丙第一ないし第三号証を提出し、原審証人沖元悦男・同平野清・当審証人近藤勝俊の各証言並びに原審及び当審における第一審被告佐々木喬の尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

第一審被告両名がいずれも東京都知事の免許登録を受けた不動産仲介業者であること、第一審原告は第一審被告佐々木に土地の賃借方仲介を委託していたところ、昭和二十九年十一月二十日同被告の仲介により第一審被告伊藤が後記土地の所有者尾関謙一郎なりとして伴つてきた者との間に、東京都杉並区高円寺三丁目二百六十九番の四宅地六十四坪一合二勺につき第一審原告主張のような借地権設定契約を結び、右契約締結に当つては、第一審被告両名が立会い、第一審被告伊藤も第一審被告佐々木と共に該契約書に署名捺印したこと、そして第一審原告は前記契約にもとずき右尾関と称する者に権利金の内金として昭和二十九年十一月二十日金五万円、次いで同月二十二日金二十五万円を支払つたこと、しかるに右尾関と称する者は右土地の所有者である尾関謙一郎でなく、その氏名を詐称していた者であることが後日判明するに至つたことは、本件全当事者間に争のないところである。

次に成立に争のない甲第一号証、乙第一号証、原審証人平野清、同尾関弥一郎の各証言並びに原審及び当審における第一審原告本人の尋問の結果を総合すれば、登記簿上前示土地の所有者となつている尾関謙一郎は既に昭和二十二年七月十二日死亡し、右土地は同人の相続人である尾関弥一郎外数名の共有に帰属していたところ、右尾関謙一郎本人であると詐称して第一審原告との間に前示契約を締結したのは訴外平野清であつて、同人は右尾関家と何等身分関係なきは勿論所有者から賃貸等の権限を与えられたものでもなく、後記認定の如く全く計画的詐欺行為により前示権利金三十万円を詐取したものであり、同人はもとより第一審原告に対し前示賃貸借契約にもとずく債務を履行することができず、第一審原告も現実に右土地を賃借使用し得なかつたこと明らかであるから、前示第一審原告の支払つた金三十万円は結局同原告の損害に帰したものと云わなければならない。

第一審原告は、右損害は受任者たる第一審被告佐々木の仲介人としての善良な管理者の注意義務懈怠に起因すると共に、一面前示尾関を詐称した者から該不動産の賃貸方の仲介の委託を受けた者である第一審被告伊藤も佐々木同様特段の調査をすることなく前示貸借に介入し契約書に署名捺印し、右尾関と称する者が地主本人に相違ない旨を確言した結果、第一審原告もかく誤信して前示出損を余義なくせられるに至つたものであるから、同被告の過失に基ずく前示介入行為と本件損害の発生との間には相当因果関係があり、たとい同被告が第一審原告との間において受任者たる地位になくても、一般不法行為者として賠償の責は免れないと主張するので、この点につき審按する。

前示認定の各事実と成立に争のない甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四号証、第五号証の一、二、乙第三号証、原審証人平野清、同小岐須乙の、同藤井文子、当審証人近藤勝俊の各証言並びに原審及び当審における第一審原告、第一審被告両名本人(たゞし第一審被告等の供述中後記認定に反する部分を除く)の各尋問の結果を総合するときは、次の事実を認めることができる。即ち

(一)  訴外平野清は、印鑑証明書等を偽造し前示他人の土地を賃貸して権利金名義の下に金員を騙取せんことを企て、先ず東京法務局杉並出張所において登記簿上右土地の所有者が山形市在住の尾関謙一郎であることを確かめ、右土地の登記簿謄本の下附を受け、次いで共謀者の一人である訴外某をして東京都杉並区長作成名義の尾関謙一郎の印鑑証明書を偽造せしめ、更に右土地の周囲を杭で囲い尾関謙一郎の所有なることを表示した上、右所有者尾関を装い昭和二十九年十月中旬頃不動産仲介業者である第一審被告伊藤に対し該土地の賃貸方の仲介を申込んだ。

(二)  第一審被告伊藤は右申込にもとずき現場を見分し、且つ杉並登記所同税務事務所等において担保権賃借権等の設定のないことを確かめた上、同業者である第一審被告佐々木に紹介した。ところが第一審被告伊藤はその頃同業者である和光土地建物にも借主のあつせんを依頼した関係もあつてその要請にもとずき、その使用人である近藤勝俊を伴い地主尾関の止宿先であるという東京都内杉並区西荻窪の中村某方を探索訪問したところ、尾関なる者は居住していないとのことで、当時尾関が同所に居住している点について別に確証は得られなかつた。(この点に関し当審における第一審被告伊藤本人の尋問の結果によると、中村の奥さんに尋ねたところ尾関なるものは中村の親戚で自分の所にいるが、只今は外出中で不在である旨答えた旨の供述あるも、右は前顕近藤勝俊の証言に照らし採用し難い。なお右和光土地建物の近藤は、尾関と称する者が第一審被告伊藤の指示する場所に居住していないことから不審を抱き取敢えず土地台帳で調べた尾関の住所地山形市宛に手紙で照会したところ、約一週間後に熱海市在の尾関弥一郎からその父謙一郎名義で甲第五号証の一、二の返信が来て、本件土地の貸借については尾関の関知することでないことが判明したのである。)

(三)  一方その頃第一審原告から土地賃借の仲介の委託を受けた第一審被告佐々木は、偶々同業者である第一審被告伊藤から紹介のあつた本件土地を第一審原告浜田に仲介するため第一審原告を伴い実地検分をしたところ、本件土地が同人の気に入つたので、東京法務局杉並出張所、税務事務所について右土地につき瑕疵のないことを確かめると共に、昭和二十九年十一月二十日頃第一審原告と一緒に第一審被告伊藤の紹介で土地所有者尾関の氏名を詐称していた平野と面接会合した。その際第一審被告等は、右平野から尾関謙一郎名義の印鑑証明書、勤務先会社の身分証明書(以上いずれも偽造)、前示土地の登記簿謄本、現場図面の提示を受けたが、尾関謙一郎が昭和二年に本件土地の所有権を取得した旨の登記簿の記載から推して同人を相当年配と想像していたのに、予期に反し四十歳位に見受けられたので代理人かと問いたゞしたところ、同人の幼少時代に同人名義で父から買つて貰つたという巧妙な言逃れの返事があつたのを軽信し、(この点につき原審における第一審佐々木並びに当審における第一審被告伊藤の供述参照)、また前示土地所有者尾関謙一郎の住所は登記簿上は山形市鉄砲町百十五番地となつているのに、前示印鑑証明書によると東京都杉並区西荻窪三丁目三十八番地とあつて両者の記載に差異があり、殊に第一審被告伊藤としてはさきに認定したとおり、尾関と称する者が右印鑑証明書記載の現住所に居住しているかどうかを確知できなかつたことを知つていた筈であるのに、何故か敢えてこれに触れず、両被告共それ以上権利証の提示を求めたり、住民登録票等について果して右尾関と称する者が真実の所有者であるかどうかを確める措置に出でず(後日調査の結果印鑑証明書記載の住所に尾関の住民登録がなされていないことが判明したのである。)そのまま同人が右土地所有者本人であると速断して第一審原告に紹介し、第一審被告伊藤淳司は該土地の賃貸人側の元付業者として、第一審被告佐々木喬は賃借人たる第一審原告から委託を受けた元付業者として、夫々右契約書に立会人の意味で記名または署名捺印し、以て第一審原告に対し共々尾関と称する者が本件土地の真の所有者であるという趣旨のことを表明したので、第一審原告もこれを誤信し右尾関と称する者即ち平野との間に前示土地につき賃貸借契約を締結し、仲介者たる第一審被告佐々木の手を通じ前示権利金内金五万円、次いで同月二十二日二十五万円合計三十万円の授受がなされたものである。

という経緯を認めることができる。第一審被告両名の供述中以上の認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実関係を基礎として第一審被告両名の責任につき考察する。

第一、第一審被告佐々木の責任。

この点に関する当裁判所の判断は、左記の点を附加する外は原判決がその理由中に説示するところ(記録第二〇九丁裏五行目から第二一一丁裏六行目まで、過失相殺の抗弁に対する判断をも含めて)と結局同一に帰するから、これをここに引用する。

附加する点は左記のとおりである。

第一審被告佐々木は前掲事実摘示同被告主張(イ)及び(ロ)記載の点を挙げて、同被告については何等注意義務懈怠の責はないと主張するのであるが、(イ)偽造の印鑑証明書が巧妙に作成されていたにせよ、本件の場合地主尾関謙一郎の住所の記載が登記簿謄本と印鑑証明書とで異なつておるのみならず、尾関と称した者即ち平野清の年配の点につき第一審被告は一応疑惑を抱き問い質した位であるのに、平野清の弁疏するところを直ちに軽信し、更に住民登録票について必要な調査をなさず(前示引用の原判決の認定にあるとおり後日に至り住民登録票について調査したところ、尾関謙一郎なるものは印鑑証明書記載の場所に住民登録をしていないこと、従つて印鑑証明書の偽造であることが判明したのである)、また印鑑証明書以外に土地の権利者であることを推知するに足る権利証等を提示せしめることもなさず(本件の場合土地の売却処分でないから権利証の提示は不必要のようにも考えられるが、土地の権利者なりや否やを調査する一つの方法でもある)、ひたすら印鑑証明書や印鑑(実はいずれも偽造)のみに依拠して前示平野を地主尾関と速断し、以つてこれを第一審原告に紹介し、その仲介によつて前示契約を締結出損せしめたのは、明らかに受任者として善良なる管理者の注意義務を負う第一審被告佐々木の過失に起因すると謂うべく、同被告主張の如く、年少者が不動産を取得することや、登記簿記載の住所と住民登録を前提とする印鑑証明書記載の住所とが間々一致しないことが世上往々あり得べきことであるにしても、前示認定の事情の下においてはこの点につき特段の注意を払うべきであつて、このことは前叙過失の責任を否定する現由とはならない。(ロ)また第一審被告佐々木は業界取引の実態を云為して、本件の場合佐々木は訴外平野を地主尾関謙一郎なりとして紹介した物件の元付業者である第一審被告伊藤のいうところに信頼して本件契約の仲介をしたのであるから、地主の真偽に関する調査義務は専ら第一審被告伊藤にあり、第一審被告佐々木としては何等責任を負担すべき筋合でないと主張するけれども、かかる業界内部の取引の実態如何はともかく、これを以て一般顧客である第一審原告の委託を受けて仲介業務に当つた第一審被告佐々木の受任者として負う責任を他に転嫁する理由とはなし難いから、かかる主張も採用できない。

第二、第一審被告伊藤の責任。

上来認定の各事実によれば、第一審被告伊藤は第一審原告において本件土地貸借の仲介を委託した直接の相手方でなく、その間に委任または準委任の関係は存しないけれども、不動産仲介業者である同被告は、単に同業者である第一審被告佐々木に対して本件貸地のあることを紹介したという関係に止らず、第一審原告の本件土地の賃借権設定契約締結に介在し、かねて被告伊藤に地主尾関謙一郎であると称して該土地の賃貸仲介方を依頼していた平野清を、真実地主尾関謙一郎なりとして第一審原告に紹介面接せしめ、第一審被告佐々木と共にその契約書にも署名捺印し、以て右尾関と称する平野が地主尾関に相違ないものである趣旨を表明したこと、第一審原告としては専らこれら仲介業者たる第一審被告両名のいうところを信頼し、右平野を地主尾関と誤信した結果、本件契約を締結して出損をなすに至つたことは明らかで、第一審被告伊藤の前示介入行為もまた右損害発生の一因をなしたことは疑を容れず、同被告主張の如く第一審被告佐々木の介在によつて右因果関係が中断せられたものと認めることはできない。

およそ免許登録を受けて不動産の売買貸借等の仲介業を営む者は、これら取引に関し専門の智識経験を有する者として委託者は勿論一般第三者もこれを信頼し、これら業者の介入によつて取引に過誤のないことを期待するものであるから、この社会的要請にも鑑み不動産仲介業者たる者は委託を受けた相手方に対して準委任関係を前提とする善良な管理者としての注意義務を負うことはもとより、直接にはかかる委託関係がなくても、これら業者の介入に信頼して取引をなすに至つた第三者一般に対しても、信義誠実を旨とし目的不動産の瑕疵、権利者の真偽等につき格段の注意を払い、以て取引上の過誤による不測の損害を生ぜしめないよう配慮すべき業務上の一般的な注意義務があり、もしこの注意義務懈怠の結果これを信頼して取引をなし因つて損害を蒙つた者が生じたときは、一般不法行為の原則に則りその賠償の責を負うものと解するを相当とする。本件の場合第一審被告伊藤は前示軽緯の如く、その業務に関し本件取引に介入して第一審原告に対し、訴外平野を地主尾関なりとして紹介面接せしめ、同人が地主に間違ない旨を表明したものであるにもかかわらず、その地主の真偽調査につき執つた措置が、前叙不動産仲介業者としての一般業務上の注意義務を欠いたものと解すべきことは、前段認定の(一)ないし(三)の事実に徴し明らかであるから、第一審被告伊藤としては第一審原告との間に委託関係の存すると否とにかかわらず、その業務上要請せられる一般的な注意義務懈怠の結果第一審原告に対し前示出損にかかる合計金三十万円に相当する損害を蒙らしめたものというべきであつて、一般不法行為の原則に則り、これが賠償の責を免れることはできない。

そして、第一審原告としては、専ら不動産取引に関し専門の知識経験を有しそれを業務とする第一審被告等の調査に信頼し、同人等のする以外に自ら相手方の事情を調査しなかつたとしても敢えてとがむべきでなく、これを以て過失あるものとすることは相当でないから、右賠償の額を定めるに当つてこの点を特に斟酌すべき限りでない。

してみると第一審被告両名の第一審原告に対して負う賠償債務は相競合する所謂不真正連帯債務の干係に立つものであつて、第一審被告等各自に対し右金三十万円及びこれに対する訴状送達の翌日またはそれ以後であること記録上明らかな昭和三十年三月十四日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める第一審原告の本訴請求は、いずれも正当としてこれを認容すべきであり、原判決中第一審被告佐々木に対する前示請求を認容した部分は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り第一審被告佐々木の本件控訴を棄却すべく、第一審被告伊藤に対する前示請求を棄却した部分は不当であるから第一審原告の控訴は理由があり、同法第三百八十六条に則りこの部分に関する原判決を取消すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条、第八十九条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 山田要治 坂本謁夫)

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